Masuk俺達は、車に乗って三時間。目的地の古民家に近い山の麓までたどり着いた。
そもそも薫は大学で民俗学を専攻していた。フィールドワークを行う傍ら、怪談じみた話を聞くうち、実際に見てみたくなったという話を以前聞いたことがあった。
しかし、この件では例の配信者が行方不明になっており、安全とは言い難く、俺としては連れて行くことに気が進まなかったが、頑としてついていくという薫に根負けしたのだった。
それでも俺は道中に何度か、薫に家に帰るよう促したり、なぜそこまでオカルト紛いの事件を追いかけたがるのか聞いてみたりした。
しかし、返ってきた答えは「先生のお役に立ちたいんです」とか、「私、色々と準備してきましたから」といった答えではぐらかされるばかりだった。
「さて、着いたぞ。……ひょっとすると、この車って、例の配信者のものか?」
俺は自分の車を止めた近くにある車のナンバープレートを見た。練馬だった。
「そうかもしれません」
「この車も気になるが……それより、このタイヤの跡は何だ?」
道には、軽トラックなどではない、もっと大型の車が何台も通ったような跡がくっきりと残っていた。
「この山で、何か採掘でもしてるんでしょうか?」
「さあな、でも向かう道は同じようだ。とにかく古民家へ行ってみよう」
「ここが……例の古民家か」
トラックのタイヤの跡は、この民家の前を通って続いていた。薫は古民家やその周りをスマホで撮影していた。
「あのう、どちら様ですか?」
古民家の引き戸がいつの間にか開いており、そこに男が立っていた。男は穏やかな表情を浮かべつつも、どことなく隙のない雰囲気を漂わせていた。
相手がどういう筋のものか不明なので、俺はとりあえずカマをかけてみることにした。「ああ……いえ、この付近で動画配信をやってる最中に行方不明になった者がいましてね、親御さんから探してほしいと頼まれまして……」
男は表情を変えることもなく答えた。
「いえ、そういった方は見ていないですねえ。ここらには似たような民家が多いので、どこか別の家じゃないですかね?」
「……なるほど、ありがとうございました」
俺は薫に「帰るぞ」と声をかけ、その場を立ち去った。
「先生、これからどうするんですか?」
薫は車に戻った途端に、聞いてきた。
「少し暗くなるまで、昼寝かな」
「もう! 真面目に考えてください。あの人、あからさまに怪しかったじゃないですか!」
「真面目に答えてるだろうが」
俺は欠伸をしつつも、続けた。
「恐らく、あの道の先に見られたくないものがあるんだろ」
「まあ、そんな雰囲気でしたね」
「あの民家は、おそらく見張り小屋なんだろ。至る所にカメラを仕掛けているってわけでもなさそうだから、見つからないように山道を進めば、隠してるものに行き着くんじゃないか? まっ、ここにいたら、さっきのオッサンにイチャモンでもつけられそうだ。だから、目立たないところまで移動するぜ」
その日の日が沈む頃、俺は「ついて行きます」と言う薫をなだめすかし、単独で昼間に車を止めていた場所まで戻ってきていた。
俺は近くのホームセンターで買ったヘッドライト付きのヘルメットを被り、山道を登っていた。フクロウや虫の鳴き声でこの季節の夜の山中はなかなか賑やかだ。しかし、ヘッドライトの明かりが照らす狭い範囲以外は、何も見えない完全な闇だ。ヘッドライトの光が届かない闇が、時折、まるで生き物のように自分を飲み込もうとしている感覚に襲われる。
暗い上に、起伏の激しい地面と、落ちている木々や折り重なった葉が、足の踏み場の判断を誤らせる。歩きにくいこと、この上なかった。 さらにクマに遭遇しないよう祈りながら、時折、ガサリと獣が草むらを分ける音に心臓が跳ねる。 暗い山道と格闘すること、二時間。俺は息も絶え絶えになりながら、山の中腹、有刺鉄線で覆われた不法投棄の現場にたどり着いた。「……はあ、はあ、……なるほどな、連中が知られたくない秘密がこれか……」
ヘッドライトの明かりに反射して鈍く光るそれを見て、俺は内心、肩透かしをくらっていた。
廃棄された太陽光パネルの山。怪異でもなんでもない、ただのデカいゴミだ。 やれやれ、薫には悪いが、やはり俺の思った通り、人間の犯罪だったな。 ……しかし、そうすると、あの“声”は一体?そんなことを考えていると、俺の身体が、懐中電灯の灯りに照らされた。
「誰だ!」
まずい! 見つかった。この足で逃げ切れるのか?
俺は、素早くスマホで薫へ電話をかけ、通話状態のままポケットにねじ込むと、両手を上げた。「俺は怪しいもんじゃない! ちょっと散歩していただけだ」
「ふざけるなよ、てめぇ。こんなところに散歩しに来るやつがいるか!」
どうするか……相手は一人か?
「……おっと、逃げようなんて考えるなよ」
「!」 その昼間に聞いた声は、俺の背後から聞こえた。
その日の夜、俺は神代 玄道に電話をかけ、すべて解決したこと。明日取り返した本を渡すことなどを伝え、薫が入院している病院近くの喫茶店で落ち合うことにした。 ――翌日。 ちょうど時間通りに、俺が喫茶店に入ると神代は、すでに俺を待っていた。神代が奢るというのでコーヒーを頼んだ。禁書を見せると、神代は感心したように言った。「いやあ、聞きしに勝るな。早速で悪いが本を渡してもらえないかね」「おっと待った。神代大社神主、四方儀 祓さん。まず先にこの茶番が一体何だったのか説明してもらおうじゃないか」「ハッハッハッハ、君に隠し事は出来ないようだな」 朔也の親父は、悪びれもせず、底の見えない笑みを浮かべていた。「……隠し事も何も、あんた神代大社のHPに名前をのせてるじゃないか。それさえわかれば、少し情報に強い友人がいるんでね」「……朔也から事の顛末を聞いた時から、こうなるんじゃないかと思っていたけど、さて何から話そうか……」 そう言って一口コーヒーを飲み、ポンと手を叩いて話しはじめた。「槻島君、うちの朔也をどう思った? 単刀直入でいい」「どうって……」 俺はさすがに言葉を濁そうかと、一瞬だけ迷った。「……こらえ性がないアホぼん」「! 親の前でストレートに言ってくれるなあ」 さすがに傷ついたのか、こめかみがヒクヒクしているような気がする。だが、彼はため息をつき、頭に手を当てて話しだした。「そう……そのとおりなんだよ。……私の教育がまずかったのか、それとも妻が甘やかしすぎたのか、いずれにせよ、ああなってしまった。私としてもこのままじゃまずいと思って、いろいろ手を打ってはみたんだが、夜の遊びが過ぎて借金を作る体たらく……」「いいご
気がつくと、俺は真雅田邸の玄関前に倒れていた。近くにボンボンも倒れており、丁度起き上がろうとしていた。「ここは? 生きてる! 生きてる! 助かったぁぁぁぁ」 ボンボンは、自分の身体を触り、その感触で生きていることを実感しているようだった。「……そう大きな声を出すなよ。近所迷惑だぞ」 俺は身体を起こそうとして、激しいめまいに襲われた。筋肉痛のような疲労感が全身を襲う。あれだけ走り回ったんだ、当然か。 ふと、スマホで時間を確認して、俺は息を呑んだ。 「……おい、嘘だろ?」「あ? 何がだ?」「時間が……十分しか経ってない」「はあ!? 馬鹿な! あの中で何時間も彷徨ったはずだぞ! 体だってこんなに鉛みたいに重いのに!」「……なるほどな。あの中は精神だけの世界、いわば夢の中だ。夢の中での数時間が、現実の数分……ってわけか」 肉体はここにあったが、脳だけがフルマラソンを走らされたようなものだ。どっと疲れが出るわけだ。 (……時間の歪みか。あの黒い人魂も『二十年』と言っていたな。異界と現世では時間の進み方が異なるのか……?)「それはそれとして、よくも俺の事を、散々な目に合わせてくれたな!」「は……何言ってんだ?」「忘れたとは言わせないぞ。俺の頬を叩いたろう! 何かと言えば命令して、さらに俺のことを“ボン”呼ばわりしやがって。四方儀家次期当主の俺を何だと思っている!」 俺は心底面倒な奴だなぁと思い、溜め息を吐きだした。 「……朔也様だと思っているよ」「……お、お前、舐めてるだろ。何か文句があるなら……」 激昂する朔也“様”をまともに相手にする気にもなれず、元気なやつだなあと思い聞き流していると、エコバッグを持った中年女性が声をかけてきた。「あの~、どちら様でしょうか?」「あ、俺は槻島という古物商をやっている者です。今日は別の方の依頼で、こちらの屋敷の主に用がありまして」「なるほど、そうだったんですね。私は家政婦で森川と言います。そんなお客様がみえるだなんて、
壁が迫りくる中で俺は考えていた。この迷宮が、ただ俺達を殺すためだけの存在なら、何故入り口や他の場所で殺さなかった? こいつらが楽しむため? そこで俺ははっとして気づいた。 俺はこいつの“声”を聞いていない!「うわぁぁぁぁ! もう駄目だ! 俺はここで死ぬのかぁぁ!」 ボンボンが涙目になってわめいていた。……こいつは! 俺はボンボンの肩をつかみ、顔を上げると頬を平手打ちした。 バチンッ!「!」 俺はボンボンをにらみつけて、言い放った。「俺は今からこの迷宮の声を聴く!! 少しの間黙ってろ!」 俺の気迫に気おされたのか、ボンボンは黙ってくれた。右のイヤホンを外すと、声の濁流が流れ込んできた。『クスクス、……これでもう終わりだ。断末魔の声が聞けるぞ』『泣けぇぇ!! 喚けぇぇ!! 心地良いぃぃ!!』『ほらほらほら、もう一回、術を放て! 我らには効かぬぞ』『#$%&*+@……』『キャハハハハハハハ!!』『もっとだ、もっと我らを楽しませろ!!』『足掻け! 足掻け! 足掻けぇぇぇ!!』『死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! 死ねぇぇぇ!!!』『助けて、助けて、助けて、……助けろぉぉぉ』『こっちだ。出口はこっち……』『キャハハハ、こっちの、世界においで』『我を信じよ。出口はある。こっちだ』『ケケケ、扉はこっちだ……』『……閉じろ。潰せ。異物は排除せよ』『待て待て。早まるな。久方ぶりの客だぞ』 ……聞こえる。無数の雑音の上に君臨する、明らかに格の違う「二つの声」が。こいつらが、この迷宮の核か。片方は重く冷たく、もう片方は軽く熱っぽい。こ
菊千代はボンボンを離し、俺を降ろすと、ネコが毛玉を吐くように、黒いものを、吐き出した。それを何度か繰り返すうちに、元の子犬状態に戻ってしまった。「なんだよ、この犬! また小さくなっちまって、あのまま大きければ、また運んでもらえたのに」 ったく、こいつは! えり首つかまれていても良かったのか?と、思うところはあるが、何より助けてもらったという感謝の気持ちはないのか? 菊千代は、ボンボンの言うことなど、どこ吹く風とばかりに、足で首のあたりをかいていた。 そうだ! ボンボンなんぞ、どうでもいい。真雅田の爺さんだ。 そう思い、辺りを見回す。「……ひぃぃ! 来るな! ページが……ページが捲られるぅ!」 真雅田の爺さんはすでに目も虚ろで、何やら幻覚を見ているようだった。そして、廊下から遠目に見た時には、逆光ではっきりしなかったが、下半身が埋まってしまっていて、精神的にももう限界に近いことが分かった。早くここから出してやらないと! そして、俺は見回した時に気づいてしまった。この大広間に入ってきた時にあったドアが消えていることを。しかし、今は真雅田の爺さんに集中する!「おい、ボン! 真雅田の爺さんを引きずり出すぞ! 手伝え!」「! おい、お前! さっきからなんなんだ。俺には四方儀朔也という立派な名前があるんだからな! 朔也様と呼べ」 俺はイラッとしたが、今はそんなことよりも真雅田の爺さんの命を優先だ。 俺はため息をつきながら言った。「……分かった、分かった。朔也様、真雅田の爺さんを引きずり出すのをお手伝いください。……これでいいか?」「……まあ、いいだろう」 俺の苛立ちが伝わったのか、意外にもボンボンはゴネずに真雅田の爺さんを引きずりだすために、爺さんの片方の腕をもった。「いいか? いくぞ、せえの。 はっ!」 俺達は爺さんのそれぞれの腕を持ち、呼吸を合わせ、引き抜こうとした。すると
奈落へと飛び込んだ俺達は、深く深く落ちていった。「おぉぉぉぉぉい、四方儀ぃぃ! 忘れるな! 地面を地面だと思うな!」 ボンボンに声が届いたかどうかはわからない。しかし、この法則を理解していなければ地面に激突して死ぬかもしれない。そうなったら寝覚めが悪いので、忠告だけでもしておきたかった。 どのくらい落下したろうか、時間としては一、二分というところだろうか。ひたすら暗い闇から、徐々に明るい光が見えてきて、洋館の廊下のようなものが見えてきた。俺が着地のために身構えた。同時にボンボンが先に落ちて、潰れたトマトのようになっていないかを確認した。(これは地面じゃない、俺は落ちてない) 呪文のようにこれを何度も唱え、着地した。「おい! 大丈夫か?」 ボンボンは倒れていたが、身体を揺すってみると、死んではいないようだった。「ボヤボヤしてるなよ。さっさと起きろ!」「…………あれ?、俺は一体……」「……お前、気を失ってたのか? ある意味すごい度胸だな。……なるほど、気を失っていれば地面にぶつかるも何もないか」 俺はひとりごちた。このボンボンは地面を意識しなかったせいで、激突するという想像をしなかった。だから助かったというわけか。「……しかし、あの黒い泥人形は?」「……さあ? それよりも、ここは一体どこなんだ?」 俺たちは辺りを見まわした。「……ん! あれは!」 ボンボンの反応を見て、俺もそっちの方を見た。「!」 あれは、もしかして真雅田の爺さんか? 広間のようになっている部屋の中央に、人が腰まで埋まっていた。 こいつはまずい、真雅田の爺さんを助けないと。 俺達が、広間に向けて動こうとしたときだった――。 ズズズズ……ゴゴゴゴゴ&hel
壁を抜けると、そこは……「なんなんだここは……?」 そこは上下左右がデタラメな空間だった。だだっ広い空間に、いくつもの階段があり、それがねじれるように上下逆さまになって、天井につながっているかと思うと、天井と思っていたものは、廊下だったり、小部屋だったりする。はたまた、壁にもどこに続いているのかわからない階段があったり、どうやってたどり着けばいいのかわからないドアがあったりする。さらには、遠近感が狂って、近くのものが遠くにあるように見える場所すらあった。 もはや重力がどちらに働いているのか、それとも自分たちが立っている場所が本当に床なのか、混乱してくるようだった。 しかし、それすら些細な問題に感じさせるのは、壁や床から浮き出ている顔や、手足だった。『助けて…………助けて…………助けて……』 それらが、この空間に飲み込まれてしまった人間だったのかは定かではない。だが、様々な顔が一様に呻く様は、まさに地獄絵図だった。 くそっ! この光景もさることながら、幾重にも重なった「助けて」コールが俺には辛かった。この怨念の洪水のような声を聞き続けていたら、気持ち悪くなってきた。「うわっ! なんだ?この気持ち悪い光景は!」 俺が気持ち悪さで膝をついていると、ボンボンが近寄ってきた。「おそらく……、この迷宮に……のみこまれた……人……たちだ。……早く出口を……見つけ……ないと……俺達も……」「うへぇ……、じょ、冗談じゃない。こんなのになってたまるか! ……なあ、さっきみたいに、その犬を使って何か